『“サーキットの娘”にまつわるエトセトラ。』

02/10/99


  の中には不思議な話があるものだ。初めてこの話を友人のA(仮名)から聞いた時は、半分冗談だと思っていた。

  フィが1997年に発表したシングル、「サーキットの娘」。僕はこの曲が大好きだ。パフィといえば「サーキットの娘」。「これが私の生きる道」や「渚にまつわるエトセトラ」も結構だが、「サーキットの娘」にはかなわない。たとえこの先、オリコンのチャートの首位を一年間キープし続ける超爆裂メガトン大ヒット曲をパフィが放ったとしても、それがどうしたというのだ?、というくらい好きな一曲。

 その魅力。まずはギロを使っていること。モンテゴ・ジョーの「ファット・マン」、ヴァン・ダイク・パークスの「スティールバンド・ミュージック」、カル・ジェイダーの「アイ・ショウド・ゼム」、そしてみんなの大好きな『ペット・サウンズ』のタイトル・ナンバーなど。ギロを使っている素敵な曲は他にも沢山ある。普通の8ビートの曲でも、ギロが入ると途端にその表情が「可愛く」なるのだ。バター・ナイフでバターを取ってパンに塗る、再び取って塗る、取って塗る、、、ようなその演奏スタイル。とにかく前にリズムを進める、疲れを知らないグルーヴ。以前『世界遺産』でキューバの「遺産」を紹介していたのを見たのだが(詳しい事は忘れた)、観光客相手なのか知らないが、街角のおじさん約3人が演奏していたギロ入り「グァンタナメーラ」。それだけでノック・アウト!あれほど素敵な「グァンナメーラ」は聞いたことがなかった。

guiro!


  して、ギター。サーフィン・インストものやホット・ロッドものは当然好きなのですが、僕の場合ギターの音が「ガソリン臭いかどうか」が重要なポイント。その点この曲は全然オーケー。なにしろタイトルに「サーキット」とありますからねぇ。聞く前からすでに臭い(笑)。サーフィンやホット・ロッドが出てこなくても「ガソリン臭い」ものはある。例えば大滝詠一『ロング・ヴァケイション』収録の「スピーチ・バルーン」のギター。あれもガソリン臭い。この辺は、ガソリンを飲んで車の中で死んでたというボビィ・フラーのイメージが大きく関係しているのかも知れません。

  らなる魅力。初期ロックンロールにありがちな、「ズン、タタ、ズン、タッ」という具合になるドラム・パターン。そして「私のと〜ころへ〜」でのメジャー・9th系の生温いコード感は「ガソリン臭さ」を見事に引き立てていると同時に、作曲の自由さをも感じさせてくれました。まぁ、それはさておき。

  題はここからだ。1997年7月、先ほどの友人Aの母親が亡くなった。数年前に健康診断でガンが見つかり、入院後は手術の繰り返しで状況は良くない、という話は僕も聞いていた。通夜、葬儀、初七日の法要が終わり、あっという間に8月になった。

  8月のある日、彼から電話があった。母親の死から既に1ヶ月以上経っているとはいえ、いつもの様に下らないことを言って大笑いするような状況でもないしと思っていたところ、普段と変わらず音楽の話題をふってきたのは彼の方からだった。こいつも相当音楽バカだなと少し呆れたのだが、その内容を聞いた時はさすがに我が耳を疑った。パフィの「サーキットの娘」の途中で、死んだ母親の声が聞こえるというのだ。それも「○○ちゃん。」とAの名前を呼んでいるというのだ。マジで?!

  の中には不思議なことがあるものだ。早速パフィのCDを聞いてみる。問題の場所は曲が始まってすぐ、約27秒のところだという。う〜ん、確かにある「音」は入っているが、どうなんだ?友人Aの考え過ぎじゃないのか?「○○ちゃん」といっているようにも聞こえるが、これだったら僕の名前を呼んでいるようにも聞こえるし、「由美ちゃん」もしくは「亜美ちゃん」と聞こえないこともないし、なんでもないような気がする。じゃー、何の音だと言われても分かりませんけどね。因みにアルバムの方にも同じように入ってます。奥田民生にでも聞いてみるか?

  はまだ続く。これを母親の声だと信じて疑わないAは、それ以来パフィのCDを買い続けているという。それもシングル「サーキットの娘」だけを。母親の死がAとその家族にもたらした重く、暗くのしかかる影。そこから抜け出す方法は一つしかない、母親の声の入っていない、本当の「サーキットの娘」を手に入れるしかないとAは言う。今でもAとは時々電話で話すことがあるが、この話題には触れないようにしている。僕は友人としてどうしたらいいのだろうか?そんなバカなことはとっととやめろと忠告すべきなのか、それともこんな話をネットなどでせずに、一枚でも多く彼がCDを入手出来るよう協力すべきなのか?

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